東京高等裁判所 昭和48年(う)3171号 判決
被告人 小野尾俊雄
〔抄 録〕
関係証拠によれば、本件各手形裏書は、成泰煥がその手形を金融業者のところへ持って行って割引き、それによって得た金銭を成の事業資金等に使用する目的でなされたものであること、各手形の振出人は支払能力のない者であること、成ないし東邦礦業株式会社もその資力、事業内容から見て期日までに各手形を買い戻す能力がなかったことがいずれも認められるのであるから、被告人らが原判示のように本件各手形に船橋漁協名義の裏書をしてこれを千代田証券短資株式会社に交付して割引き、流通においた以上、船橋漁協がその所持人から各手形金支払の請求を受けるに至ることは当然予見されるところであり、したがって被告人らは船橋漁協に対し本来何ら支払う理由のない債務を負担させたものというべきである。もっとも、本件においては、本件各手形の所持人たる千代田証券短資が船橋漁協に対して提起した手形金請求訴訟について、東京地方裁判所において、前記各裏書はその原因関係においては組合員でない東邦礦業に対する隠れた保証であって同組合の目的の範囲外の行為であるから無効であり、千代田証券短資はその事情を知って本件各手形を取得したものであるから、船橋漁協は右無効を千代田証券短資に対抗できる旨の判断がなされ、請求棄却の判決があり、右判決は東京高等裁判所においても維持され、確定していることが認められるけれども、このように人的抗弁が認められ船橋漁協が支払を免れたのはむしろ僥幸といわなければならない。一般に、背任行為があった時点では経済的実害が発生するかどうか未確定な場合が多いのであって、かような場合実害が発生したかどうかは相当期間経過後判明することになるが、その期間が経過しなければ背任罪が成立しないものと解することはできない。したがって、かような場合には実害発生の蓋然性をもって損害と解すべきである。即ち、刑法第二四七条にいう「財産上の損害を加えたるとき」とは、財産上の実害を発生させた場合のみでなく、実害発生の危険を生じさせた場合をも包含するものと解するを相当とする(昭和三八年三月二八日最高裁決定、刑集一七巻二号一六六頁参照)。そして前記事実によれば、被告人らの原判示第二の各所為が船橋漁協に対し各手形金額相当の実害発生の危険を生じさせたことは明らかであるから、原判決がこれを同額の損害を加えたものと認定し、右と同趣旨の見解を示して背任罪の既遂として処断したのは正当である。
(石田一 菅間 小野)